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浅間山、基点となる軽井沢から小諸までの間、常に東側にそびえ時として白い噴煙をたなびかせるこの雄大な火山は、今まで多くの画家が魅せられて傑作を残した山でもあります。
そして小諸から篠ノ井までの間は概ね千曲川と平行して走り、時々垣間見える日本最大の大河とその向こうに連なる山々は四季折々の表情で私たちを楽しませてくれます。
しなの鉄道の速度は並行して走る新幹線の約3分の1です。スピードが遅いということは近景もよく見えるということ。せっかくですから家の形、屋根の形、集落の形などに注目してみましょう。これら住居のあり様は思った以上に地域性があり、その土地の気候や地形、さらに歴史とそこに根づいた産業によって大きな違いが出るのです。
長野県東部から北部にかけて走るしなの鉄道から見える光景はどのようなものでしょうか。前述しました、この地方で栄えた産業をヒントにして、さあ乗ってみましょう。
ゆっくりと充実したローカル線の旅は乗り継ぐことで倍増します。もともとここは乗り換え線の多い鉄道でした。かつて栄えた上田-真田線、上田-大屋-丸子線はすでに廃線となっていますが、小海線(小諸~小淵沢・JR)、別所線(上田~別所温泉・上田交通)、屋代線(屋代駅基点・長野電鉄)は今も健在。それぞれ個性的で必ず想い出として残る魅力的なローカル線です。
目的地へまっしぐら!はもう卒業。乗り継ぐ楽しみを満喫してください。
無人駅など周辺に「何もない」駅も多く、それが魅力でもありますが、ちょっとだけ下調べをしておくのが「ローカル線の旅」のコツです。この季節なら下車してからどの方向に歩いたら何がある、といった情報は事前に仕入れておきましょう。
もっとも、あえて行き当たりばったりの「発見と出会いの旅」も悪くないかも。ローカル線の駅はどこで降りても地域の息遣いが聞こえる駅です。
しなの鉄道のルーツを探ると官営鉄道にたどり着きます。開通は明治26年、10km間の標高差なんと550mという急峻な碓氷峠を越えて東京-長野間が鉄道が全通開業されました。碓氷峠はアブト式という、通常の線路に歯車のような仕掛けを組み合わせた最新技術を駆使して列車を軽井沢まで持ち上げられていたのです。
これほどまでして何故鉄道を敷かなければならなかったのでしょうか。善光寺があったから?いえいえ、それは当時の日本の国策と深く結びついた大きな理由があったのです。
明治時代後半、日本の輸出品の50%は生糸。富国強兵のカギを握るこの生糸の大部分を長野県が産出しており、これを速やかに横浜まで運ばなければならなかったのです。
蚕種の一大産地上田、製糸業で栄えた須坂、そして日本最大の製糸産業基地であった岡谷諏訪地域と東京・横浜を鉄道で結ぶことによりこれを実現しました。大屋駅の設置(岡谷から峠を越えて集められた生糸が、ここから横浜へ運ばれました)や、屋代駅から須坂に至る長野電鉄河東線の施設も同じ理由によるものです。
御代田駅から徒歩5分の鉄道記念館では、D-51が静態保存されており当時の面影をうかがい知ることが出来ます。